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HOME > ALFA ROMEO(アルファロメオ)
誇り高き貴公子 他を追随させない圧倒的な存在感、そして美しさとスピード。
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伝統は受け継がれ美しさは機能となる

 ●アルファロメオの歴史をご紹介いたします。
 #1 北イタリアの美しき都市ミラノに生を受けて
 #2 アルファロメオ変革の時代
 #3 その美しいエンブレムに込められた栄光の歴史と甘美な魅力
 #4 ミレニアムを迎えて…今日へ続く伝統、そして未来へ


#1  『北イタリアの美しき都市ミラノに生を受けて』

最初のエンブレム



スポーティな初のモデル24 HP



1915年にはレース活動を中止

アルファロメオが洗練された佇まいを持っているのは、それが北イタリア屈指の大都会である、ミラノに誕生した自動車メーカーであるという事実と、おおいいに関係あると思われる。

無数の多彩な優れた建築物によって成り立つ大都市に生まれた車は必然的に、洗練された建築物の前に駐車し、あるいはその前を走り去る。そのためのデザインは中途半端な物は通用しないのである。

A.L.F.A. 社(Anonima Lombarda Fabbrica Automobil=ロンバルディア自動車製造会社)は、1910年に設立された。誕生したのは、アレッサンドロ ダラックがミラノのポルテロ地区に1907年に建設した工場の一角で、当時のA.L.F.A. 社は成功から程遠いものだったが、高性能と操作性に優れた一連のスポーティな初のモデル24 HPを生産した。続いて、よりパワフルなエンジンを搭載した40-60 HPが生産された。

その後、A.L.F.A.社はレースに進出するが、第一次世界大戦により1915年にはレース活動を中止。会社は軍需品の生産を開始し、やがて、ニコラ ロメオを経営者に迎える。自動車の生産は1919年まで中止され、第一次世界大戦が終わってようやく再開された。
 
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#2  『アルファロメオ変革の時代』

最初のアルファ ロメオ
Torpedo 20-30 HP



大量生産が導入



1970年代から
「MILANO」の文字が削除された
1920年に初めて、「アルファ ロメオ」のエンブレムを付けた車が生産された。それが、Torpedo 20-30 HPである。

ウーゴ ゴッバートの指揮により、工場は近代化され、大量生産が導入され、トラックやバスの生産も始まった。30年代後半には、会社は大好況を迎える。しかし、レース活動は継続していたが規模は縮小されたままだった。

1950年代、アルファ ロメオは、大量生産モデルの設計に専念した。
一方、159を持つレーシングチームは無敵で、50年、51年とF1世界選手権で連続して優勝した。アルファマニアスポーツカーは、新しい流行「アルファマニア」を生み出した。

この当時、将来にわたって続くアルファ ロメオの傾向が生まれた。インテリア会社の研究センターと、外部カロッツェリアとの協力体制である。「メイド イン イタリー」のイメージを広めるモデルの生産が続き、アルファ ロメオのスタイルがその標準となった。

64年には、レース部門アウトデルタがカルロ キーティの監督のもとに創設され、量産モデルから特別エディションのモデルまでをベースにしたレーシングカーの開発に集中した。ブランドイメージと市場における地位を固めつつあったこの時期は、アルファ ロメオにとって重要な時期だった。ツーリングカーレースではGTAの活躍が目立ったが、インターナショナル コンストラクターズ選手権では33/2Liter、33/3Literの活躍が光った。これらのレースにおける成功により、生産ラインは大忙しだった。

1970年代、Alfasud製造用の新工場がポミリアーノ ダルコに建設されたことを機に、エンブレムから「MILANO」の文字が削除され、「ALFA ROMEO」の文字の下にふたつのミラノのシンボルだけが残り今日に至る。
 
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#3  『その美しいエンブレムに込められた栄光の歴史と甘美な魅力』

1975年
世界コンストラクターズ
選手権での優勝




Alfa 156
1998 ヨーロピアン カー
オブ ザ イヤー受賞



1990年代の広告
1970年代はアルファ ロメオにとって浮き沈みの激しい10年間であった。一方で経営上の問題があり、一方でマーケットニーズに十分に応えられなかったため、会社は経済・財政上の状況によって影響を受けた。更にエネルギー危機にも直面した。反面、1975年の33 TT 12での「世界コンストラクターズ選手権」での優勝など、レースの結果は華々しかった。

1986年、フィンメッカニカがアルファ ロメオをフィアットグループに売却、フィアットグループはさらにアルファ ロメオをランチアに任せ、新しいグループユニット「アルファ ランチア インダストリアーレ」を設立、87年より稼動した。同年、アルファ ロメオのチェントロ スティーレは、アレーゼにある工業団地へ移転。オフィスのある建物は、「創造的な仕事のプロセスと事業部門の両立、および合理的な配置」をコンセプトに著名な建築家アダルベルト ダル ラーゴの協力のもとに設計された。「再生」は、時間の問題だった。新しいアルファ ロメオのラインアップが開発され、会社は製品とエンブレムから人々が連想する独自の技術を維持しようと努めた。

1990年〜99年この10年は、アルファ ロメオにとって「復活」の10年だった。ポミリャーノ ダルコ工場ではAlfa 155を、引き続いてAlfa 145とAlfa 146の生産が続けられ、アレーゼでは新しいAlfa SpiderとAlfa GTVのエキサイティングなフォルムが完成しつつあった。1997年9月にデビューしたAlfa 156は、単なるニューモデルの発売というだけではなく、ヨーロッパ全域でのアルファ ロメオのポジショニングを変える重要な出来事だった。

Alfa 156を「1998 ヨーロピアン カー オブ ザ イヤー」に選出。これは、世界のモータージャーナリズムの中でもっとも栄誉ある賞であり、Alfa 156はアルファ ロメオのモデルとして初めてこの賞を受賞した。
 
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#4  『ミレニアムを迎えて…今日へ続く伝統、そして未来へ』

2001年11月
ゴールデン ステアリング
ホイール賞を受賞




2004年3月
ジュネーブ国際モーターショー
でCrosswagon Q4と156
Autodeltaを発表
2000年には、Alfa 147がデビューし、栄誉ある「2001 ヨーロピアン カー オブ ザー イヤー」を獲得する。同年11月には「ゴールデン ステアリング ホイール」賞を受賞。これは、コンパクトカーを対象にしたドイツのもっとも栄誉ある賞である。

2001年にはAlfa 156 GTAとAlfa 156 Sportwagon GTAである。あの伝説的なGiulia Sprint GTAから36年の歳月を経て、アルファ ロメオが持ち続けた本質的な価値観を象徴する2台のモデルをファンに披露したのである。

2003年3月 ジュネーブ国際モーターショーでKamalを発表。9月 フランクフルト モーターショーで8C Competizioneを発表。2004年3月 ジュネーブ国際モーターショーでCrosswagon Q4と156 Autodeltaを発表した。いずれも、純粋なドライビングプレジャーと、完全な安全性・快適性を実現した車で、この年もアルファ ロメオの精神が健在であることを印象づけた。
 
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